愛とは、怖れを手ばなすこと 033:自己変容のレッスン12――私は私に何が見えるかに対して責任がある
私は自分が体験する感情を選び、自分が実現すべき目標を決める。
私の身に起こるように見えるものはすべて、私が求め、求めたとおりの形で受け取るものである。

愛とは、怖れを手ばなすこと 033:自己変容のレッスン12――私は私に何が見えるかに対して責任がある
私は自分が体験する感情を選び、自分が実現すべき目標を決める。
私の身に起こるように見えるものはすべて、私が求め、求めたとおりの形で受け取るものである。

愛とは、怖れを手ばなすこと 032:自己変容のレッスンその11――私は傷つける思いのすべてを変えることを選択できる
ものごとを「問題」としてではなく、「学びの機会」として見れば、一つひとつの教えを学んだとき、喜びと幸福を感じることができます。私たちに学ぶ用意ができるまでは、学ぶべきことが現われることはありません。
私は、私を傷つける思いと、私を助けてくれる思いの両方をもつことができます、どちらの思いを心にもつかを、私はつねに選択しています。
(中略)
私は今日、自分と他人に対する思いを、怖れや罪の意識、非難から解放されたものにすることを決心します。そのために、こうくり返します。「傷つけるすべての思いを、私は変えると決めることができます。」

愛とは、怖れを手ばなすこと 031:自己変容のレッスン10――私はこれを見る代わりに、やすらぎを見ることができる
ほとんどの人は、「幸せになるかどうかは、まわりで起こることと、他人が自分にどう反応するかで決まる」と考えて、人生を送ります。幸せになるかどうかは、自分にはほとんど責任のない「運のよさ」「運の悪さ」で決まってしまうと感じたりもします。
私たちは自分の心に、世界と、その中のすべてのものに対する見方を変えなさいと指示することを忘れてしまいます。心のやすらぎは自分の内側の問題であって、穏やかな心をもってはじめて、穏やかな世界が見えてくるのだということを忘れてしまうのです。

愛とは、怖れを手ばなすこと 030:自己変容のレッスン9――過去は過ぎ去ったことであり、私に触れることはできない
過去に誰かから傷つけられたという思いがあるとき、私たちは、将来まただれかに傷つけられないために、防御をかためていきます。こうして、怖れに満ちた過去から怖れに満ちた未来が生まれ、過去と未来は一つになります。
怖れを感じながら、愛することはできません。罪の意識を感じながら、愛することもできません。怖れに満ちた過去を捨て去り、すべての人をゆるしたとき、絶対的な愛と、すべての人との一体感が訪れるのです。

愛とは、怖れを手ばなすこと 029:自己変容のレッスン8――今という瞬間が、存在する唯一のときである
恐ろしい過去こそが真実だと信じこみ、唯一の真実は愛であること、そして愛は今、この瞬間に存在するのだということを忘れたとき、私たちの心はもろくなります。心がもろくなると、私たちは、過去はまたくり返されるだろうと予測します。
(中略)
こういった「過去の遺物」をすてる一つの方法は、それにしがみついていては望むものは手にできないと自覚することです。過去をくり返すことには何の価値もないと考えると、今、この瞬間に、心おきなくゆるし、愛することができる自分でいるための障害物を取り除くことができるのです。

愛とは、怖れを手ばなすこと 028:自己変容のレッスン7――今日私は、何が起こっても裁こうとはしない
人を裁こうとしない努力を始めるだけでいいのです。もういらないと思う古い習慣を手ばなすには、そのための努力をくり返し、継続することが必要です。
(中略)
無条件の愛を経験するには、「評価したがる自分」を捨て去ることが必要です。そして自分自身と他の人たちに向けられた、「私はありのままのあなたを、無条件に愛し、受け入れます」という力強い内なる声に耳を傾けるのです。
(中略)
他人を裁かないことは、怖れを手ばなし、愛を感じる方法の一つです。他人を裁かない姿勢を学んだとき、そして、他人を無条件に受け入れ、相手を変えようと望まないことを学んだとき、私たちは同時に、自分自身を受け入れることを学ぶのです。

愛とは、怖れを手ばなすこと 027:自己変容のレッスン6――私は自分の目に映る世界の犠牲者ではない
まず、今までに感じた愛以外の過去のできごとは、すべて意味がないと考えることから始めましょう。怖れの窓ではなく、愛の窓から世界を見ることを選ぶのです。
それは、外の世界にある美しいものと愛を、そして人の短所ではなく長所を見ることを、みずから選ぶことを意味します。

愛とは、怖れを手ばなすこと 026:自己変容のレッスン5――攻撃の思いを手ばなせば、私の見る世界から脱出することができる
「世界をつくり上げているのは自分の思いだ」ということを思い出せば、世界とその枠を変えることができます。世界についての自分の思いを変えることで、世界を変えるのです。
思いを変えることで、私たちはまさに「原因」を変えることができます。すると、自分の目に映る世界という「結果」も、自動的に変わります。

愛とは、怖れを手ばなすこと 024:自己変容のレッスン4――私はものごとを今までとちがった目で見ると心に決める
わたしたちはそう望めば、今もっている信念を変えることができます。しかしそのためには、自分が過去から大事に抱えてきた前提や価値観を、一つ残らず見直さなければなりません。
具体的には、怖れ、怒り、罪悪感、苦痛にとらわれるのを、きっぱりとやめるのです。過去は忘れ、私たちが現在と未来につないできた過去からの怖れも、いっしょに忘れてしまいましょう。
「私は、今とはちがうものの見方をすることを決意します」――言いかえれば、ありのあままの「今」を体験するために、過去も未来も心から追い出す覚悟ができています、ということです。

愛とは、怖れを手ばなすこと 023:自己変容のレッスン3――私たちの思いが「原因」で、私たちが見るものが「結果」である
ここでもう一度、心は映写機のようだと考えてみましょう。その映写機は、私たちの内面の状態を外界に投影しています。自分をかき乱す思いで心がいっぱいなとき、私たちは世界とその中の人々を、自分の心を乱す存在として見るようになります。一方、心が穏やかなとき、私たちは世界とその中の人々を、穏やかな存在として見ます。
つまり私たちは、朝、目覚めたとき、愛以外のものをすべてさえぎるメガネを通して、やさしさにあふれた世界を見ることを選べるのです。
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